三都花街めぐり

芳町

日本橋区内東部に位蘆し、東京駅から東へ十五丁乃至十八丁。 市電電車は築地−両国線又は土州橋−千住線の「水天宮前」或ひは「人形町」停留場で下車する、近きは半町以内遠きも二三町を出でぬ距離にある。 別項「浜町」をも参照せられたし。...

日本橋

日本橋区の西部、外濠の方へ寄つた部分で市街電夢は外濠線の「呉服橋」叉は「上槇町」日本橋通線ならば「通三丁目」下車。 外濠線の八重洲橋と呉服橋との間、電車線路に沿ふた東側檜物町を中心として旧上槇町、数寄屋町、元大工町に亙る一曲輪(今は呉服橋三丁目)で、時に表通りに御神燈を出してる家もあるが、多くは裏通りの路次に、芸妓屋譬待合ひさしをならべて文字通りの狭斜街を成してゐる。 現在芸妓屋 一〇〇軒。芸妓 約二五〇。料理屋 九軒。待合 五十一軒。...

赤坂

山王台(星ヶ岡公園)の西麓—赤坂区田町四丁目五丁目を中心とせる一廓。 市街電車は外濠線の「山王下」下車、電車通りの裏手一面にわたる区域で、問はずしておのづから夫れと知られる。 溜池と麦飯 ...

下谷

下谷区数寄屋町、池ノ端仲町から本郷区同朋町に跨がる一区域。 省線上野駅或は御徒町駅から各四五丁、市街電車は「上野広小路」又は「上野公園」下車。 別称「池の端」—蓋し上野公園の不忍池の畔にあるからの別称で、部分的には「数寄屋町」或ひは「同朋町」とも呼ばれる。...

新橋

区域 「銀座通」の内新橋寄り銀座七、八丁目から西銀座六、七、八丁目に及び、西は外堀端、東は三十間堀川を越えて木挽町、築地方面に亙る一帯の地。 新橋の花街 ...

神楽坂

牛込区神楽坂上の毘沙門天を中心とした一区画で、市街電車外濠線の「牛込見附」或ひは神田橋—若松町線の「肴町」停留場下車、距離は一丁乃至三丁。 省線電車ならば「飯田橋」駅下車牛込見附口の方へ出て、市街電車路を横切つて神楽坂を上つてゆく。 神楽坂は自動車の通行を禁ぜられて居るため、此の地の待合には自動車の横付にならぬ家が多い。...

白山

区域 小石川区指ヶ谷町を本拠として八千代町の一部に亙る。 市街電車は三田・巣鴨線の「八千代町」又は「指ヶ谷町」下車、両停留場の間南側裏手通りが即ちそれで、路次を入れば早くも絃歌の声をきく。...

駒込神明町

市街電車上野—護国寺線の「神明町車庫前」下車、北へ二丁ばかり入ったところで、木郷区駒込神明町の一廓。 省線電車ならば「駒込駅」下車、駒込橋(陸橋)の袂から左に折れて約三丁。 四谷大木戸よりも一年早く、大正十年頃に生れた新花街で、「できた当時はまだ後ろは一面の田圃であった、大震災の余塵も享けてゐるには相違ないが、この短日月の間に北部山の手にしっかりと地盤を築き上げてしまった発展ぶりは、兎に角眼ざましいとせねばならぬ。...

湯島天神

本郷区湯島天神町一丁目にあり、市街電車は旱稲田—外手町線、又は大塚—外手町線の「天神下」停留場下車。 昔、ころびの本場 菅公を祀る湯島神社(現在府社)を中心として起つた花街で、余り古いことは知らないが寛政時代にはすでに若干の芸妓が居つたらしく、「ころび芸者」の名府内に喧伝されて居つたところから察すれば、発展家ぞろひであつたと見える。...

講武所

区域 神田明神裏手の台地から崖下の神田同朋町、台所町、旅籠町にかけた一円の地で、市街電車は芝大門—駒込橋、東京駅—駒込橋及び三田—吾妻橋、以上各線に依って「松住町」停留場下車、一丁乃至四丁の距離。 講武所の今昔...